宇宙服を着た彼女

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「既に言語を失っていた 句読点すら汚物に等しい」 電子的な声で彼女は云った 反芻する声は昔の甲高い鳶みたいな声とは違いあまりにも感情の欠陥をした声音だった 夏が過ぎた頃から彼女はまるで蛹のように宇宙服を身に纏った 分厚く白い有酸素の服は街中ではあまりに目立ったが僕は彼女の隣で指を絡めながらよく歩いていた 「月が私を追いかける」 真っ黒の表情からはなにも汲み取れないから僕は詩を書きながら意志の疎通をはかった 先人の知恵など先端を走る彼女にはどれも無意味であり、どれも残酷だった 「黒点は心のありかだから 私ははやく飛び立たねばならない」 電子的解釈の上で言うのであれば彼女の引力は宇宙にあった 「生まれる場所を間違えた 神様でも間違えるのね」 (彼女の首にはいつだってロザリオが絡みついていた) 「酸素なんて始めから必要なかった 古い書物も歴史も記憶も本当は必要なかった」 彼女は太陽に向かって歩きはじめた 上昇気流はぶわりと彼女を吹き上げた後僕の目の前にロザリオだけ落として去っていった
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