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六回戦
次の日、私は早速彼に捕まった。
「お前何かあったのかよ」
明らかに不機嫌な彼を前に私は口をつぐむ。
彼の目を見る事ができない。
「何とか言えよ。何なんだよ昨日の態度はよ!」
強い口調を、きっと私の気持ちを察してるのであろう実花子が制した。
「真一、そんな言い方、泉だって話しにくいじゃない」
押し黙る私を彼の鋭い目が貫く。
彼の今までとは違う怒りを前に私は何故か怯えていた。
つきまとう事以外で彼が私に怒るのは珍しい事だった。
「ご、ごめんね!急にお腹下しちゃってさ。別にシンちゃんの事避けてるとかじゃないから安心してよ」
「…別に、んな事これっぽっちも心配しちゃいねぇよ」
「ハハハ…だよね~」
喋れば喋る程嘘くさくなる私は、それでも嘘を重ねた。
「あの、私…進路の事で先生に呼ばれてるから」
そのまま逃げるように慌ててきびすを返す。
「はぁ!?ちょっと待て泉!」
自分が信じて疑わなかった彼への想いから逃げてしまった事に、私は戸惑いからか彼との距離を広げようとしていた。
出会った頃のようなひたむきさを私はすっかり忘れてしまっていたから、彼への接し方が分からなくなっている。
一度逃げてしまうと、どんどん深みにはまっていく。
忘れてしまおうとすればする程、彼を求めてやまない心が暴れだす。
他の女を想う彼の顔なんか見たくなかったのに、気付けは彼の姿を探している。
そのクセ話しかけられると逃げる。
会いたくないから逃げてるのに、私の気持ちなんか知りもしない彼は追いかけて来て、嬉しいのに悲しくなった。
自分の気持ちに逆らう事が自分の心に余裕をなくす事になる。
そうやって彼と上手く話せないまま、月日は容赦なく流れていった。
相変わらず進む道を見つけられず迷子状態の私は、講堂で一人進路課の資料を読みふけっていた。
就職するにも資格なんかないし、地元に帰る気にもなれない。
私のやりたい事って何だっけ?
深いため息をつき、資料をバッグにしまった。
窓の外をぼんやり眺めていると、ふいに首ねっこを捕まれた。
「うわっ!何?誰?」
うろたえる私の背後から、愛しい人の声がする。
「取っ捕まえたぞこのバカ女。ちょっと来い」
そのままズルズルと引きずられながら講堂を後にした。
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