七回戦

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画面には“大学生活の抱負”が流れている。 『手原君の彼女になります!』 笑いが起こる会場、彼の怒鳴る声、懐かしくて笑えた。 私は恥ずかしげもなく高らかに堂々と宣言している。 バカの一つ覚えのように、毎日彼に告白してはフラれていたあの頃。 気持ちが変わる事なんてない、自分の想いのままに暴走していた。 「ホントバカだよね泉は。私これ見て大笑いしちゃったよ」 実花子はジーマを飲みながら画面を見つめている。 「でも、羨ましかったな」 私は飲みかけたビールを吹き出した。 「は!?何が!?」 濡れた床を拭きながら実花子を見るけど、実花子の目は画面を越えてどこか遠くを見ているようだった。 「あんなにも素直に自分の気持ちを、しかもあんな大勢の前で言えるなんてすごいと思わない?」 思わない?と聞かれても、すごいだろ、なんて思いながら行動していた訳じゃないから何とも言えない。 だけどなりふり構わず、後先考えずに過ごしていた頃は確かに楽しかった。 「泉らしくないよ」 実花子の遠い目は私をしっかり見据えていた。 その目は優しく、諭すように語りかけてくる。 「相手が誰を好きでいようと、自分の欲望のまま突き進むのが泉でしょ?」 素直になりなさい。 そう言われてるような気がした。 「それは昔の話じゃん。もう前みたいにバカできないよ」 「傷付くのが怖いから?だからそうやってウジウジしてるんだ?」 バキョッ! カチンときた私は無意識に手にしていたビールの缶を握りつぶしていた。 「人の気も知らないで、言いたい放題喋ってんじゃないわよ」 実花子はそれでも微笑み私から目を反らさない。 何もかも見透かされているようで迷う心が大きく揺れた。 迷いに追い打ちをかけるように実花子は言う。 「このままでいいの?」 閉じ込めたはずの思いが、涙と一緒に溢れてきた。 このままでいいはずない。 私の想いは、そんじょそこらの生半可なもんじゃない。 「私…やっぱりまだ好きだよ」 ベソをかく私を実花子がそっと抱き締めてくれた。 テレビの画面にはまだ初々しい頃の私が彼を好きだと言いながら笑っていた。
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