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八回戦
朝早く、私は美容院で着付けをしてもらっていた。
袴なんて後にも先にもこの機会だけだろう。
「はいからさんみたいだわ」
鏡に写る姿はなかなか様になっている。
ご機嫌で大学へ向かった。
「泉~!こっちこっち!」
艶やかな振袖に身を包んだ朱鳥がぴょんぴょん跳ねながら私を呼ぶ。
その隣にはビシッとスーツを決めた彼がいた。
なるべく彼を見ないように二人の元に駆け寄った。
彼にちゃんと気持ちを伝えようと決めたのに、話すどころか会う事もできないでいた。
ただでさえ会える回数が減っていたのに、私は卒論作成と教授から頼まれた研究の手伝いで毎日忙しく過ごしていた。
約束をつけようにも彼の携帯は番号が変わっていて、連絡すらつけられなかった。
まともに彼の顔を見るのは、あの日突き放して逃げた時以来だ。
結局、想いは口にする事もないまま卒業を迎える。
「久しぶり~!泉、袴なんだね。何かカッコイイ」
黒目がちな瞳をキラキラさせる朱鳥はやっぱりすごく可愛い。
「馬子にも衣装だな」
以前と変わらない彼の態度にただ嬉しかった。
忘れてた感覚が蘇る。
「照れちゃって!か~わい~!シンちゃんもカッコイイよ」
腕に抱きつき頬をすりよせる私を嫌そうに引き剥がした。
それが嬉しくて何度もくっつく。
それだけで満たされてしまう私は、もう気持ちとかどうでもよくなってしまう。
「だー!うっとおしい!まとわりつくなよ!」
「いーじゃん!ずっとシンちゃん断ちしてたんだから!」
朱鳥は楽しそうに私達のやり取りを眺めている。
「泉は真一君がホントに好きなんだねぇ」
ほのぼのとした彼女の態度にどこか違和感を覚えた。
私は彼の腕を掴んだまま朱鳥を見つめた。
「…シンちゃん、朱鳥が変だよ」
呟く私の頭を彼が殴り付けた。
「おかしいのはテメーだよ!」
「何で!?何か理不尽だよ!」
ギャーギャー騒ぎながら私達は卒業式会場へ向かった。
さりげなく彼の隣を朱鳥に預けて、少し後ろを歩く。
もしかしたら、このまま友達に戻れるかもしてない。
分かっている答えを聞いてわざわざ傷付く必要なんてあるのかな?
「泉」
振り返るときらびやかなドレスをまとった実花子がいた。
隣には英介もいる。
「あー!英介だー!」
久しぶりの再会に私のテンションは上がりまくった。
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