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二回戦
彼が望むならと、私は中学時代から吸い続けていたタバコを辞め、彼が好きだと言えばカジュアルな服装もお姉系にチェンジした。
そこには自分らしさなんか微塵もなく、自ら彼色に染まりに行った。
好きな人はと聞かれれば彼の名前を叫び、好きな食べ物はと聞かれれば彼を指差し、趣味はと聞かれれば彼に飛び付き、その度にいちいち怒られていた。
それくらい、あの頃の私の生活は彼一色だった。
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大学の授業は自由に選べる所がいい。
つまんない講義は受けなくてもいい。
だけど必須科目というものはやっぱりあって、その単位を落とせば進級は難しいと言われていた。
元々頭は良くなかったけど、頭の良い彼に追い付くために私は必死で勉強した。
その日私はレポートを仕上げようと実花子と共に図書館へ足を運んでいた。
自分の書きたい事を調べたり、裏付けたり、論じる事が私は好きだった。
自分で答えをたぐりよせる作業が私を夢中にさせるから。
資料を念入りに吟味して手に取り、いつも座る窓際の席へと向かった。
私達の特等席には先客がいて、その背中に私の胸は高鳴った。
無言でその背中にすり寄る私に、彼は怒りの鉄拳を喰らわす。
「いったーい!何すんのよ!」
「うるせぇ!触んなバカ!」
ギャーギャー騒ぐ私達を、実花子が叱る。
「二人とも、静かにして!」
珍しく怒る実花子の声と、周囲からの痛すぎる視線に大人しくなった。
私はさりげなく彼の前に座り、でも集中して必須科目のレポートを書き始めた。
無言でペンを走らせていると、彼が疲れたように大きく伸びをした。
その手元を見ると、数時間睨み合っていたはずのレポート用紙は白紙のままだった。
「どうしたの?」
「オレ、レポート書くのスゲー苦手なんだよ」
そう言って私に溜まったレポートの数々を見せた。
その中には提出期限が迫っているものもあり、彼はお手上げといった仕草をして見せる。
「手伝うよ」
その言葉に下心なんてなくて、ただ普通に口から出た物だった。
怪訝な顔をしながらも、背に腹は変えられないのであろうそのまま私にレポート用紙を手渡した。
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