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午後の授業を受けに講義室に入ると、彼がいなかった。
「シンちゃんは?」
すぐ近くにいた同じ学部の子達に聞いてみる。
もう合言葉のように浸透している私の口癖を、クスクス笑いながら茶化す。
「泉って手原君の事しか頭にないんだねー」
「ホント、めげないよなぁ。全然相手にされてないのに何でそこまでいけるのかわかんねぇよ」
全然相手にされてない、という言葉に若干傷つくけど冗談めかして言ってやる。
「そうだなぁ。シンちゃんのあのキレイな顔が私で歪む時の表情にシビレちゃう(笑)よね」
その瞬間こそ、私の事で彼の心が動いていると分かるから。
ホントは笑って欲しいけど贅沢は言わない。
ゲラゲラ笑っていると、背後に静かに怒る彼が拳を握りしめているのに気付いた。
「シンちゃん!」
笑顔の私に彼の怒鳴り声が響いた。
「テメー変態か!二度と近寄んじゃねー!」
「冗談だよ?怒んないでよー!」
「うるせぇ!バカかてめえ!」
無視されるより、怒られてでも構ってもらえればそれでいい。
それに彼は近寄るなと突き放しても側にいる事を許してくれる。
どんなに罵られてもいつか分かってくれる、そんな全く根拠のない自信があった。
彼のどんな小さな事でも知りたくて、私はいつも彼を目で追っていた。
姿が見えなければ探したし、見つければすぐ側に行った。
彼に盲目状態だけど、大切な事は見逃したくなかった。
だからかな。
私は彼の小さな変化に気づいてしまった。
そんな事知りたくなかった。
彼は恋をしている。
私ではない誰かに。
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振り返ると大学生活は彼の事しか思い出せない。
毎日飽きもせず彼の側で過ごした。
毎日好きだと言って、毎日フラれていた。
そんな彼が好きになったのは、当たり前だけど私ではなかった。
私は気付かないフリをしていた。
自分の気持ちが一ミリも伝わってなかった事を認めたくなかったんだと思う。
手に入らなくてもいい。
彼が私以外の人を想い、ただ一人のものになってしまうのが嫌だった。
でも彼が笑うなら、それもいいかもしれないという気持ちも確かにあって。
病的に彼の事ばかり考えていた、あの頃。
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