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スズの真意を探るには、天使雅恵流になり代わり、仮想世界の“神”となったスズが何をしたかったのか、スズの本当の望みは何なのかを考察すべきだろう。
まずその前提として、仮想世界とは何か、神の役目とは何か、“天使のケータイ”とは何か、幾つか本編で語られていない謎に触れなければならない。
最初に、やはり謎の“幸福論”から考えていきたい。
中盤に仙人―岳達と同じく現実世界から連れ込まれた人物―が現れ、岳達に得心気に語るシーンがある。
《「この世界を良くしようと動くと、もう一つの世界がマイナス方向に動いていく。」
(中略)
一方が幸せになれば、一方の幸せが減り、その隙間を一方から押し出された不幸が埋める。》
幸せ…幸福とは何だろう。
この物語で言う「幸せ」とは岳の場合、“生きている充実感”として表現されている。
様々な困難を跳ね退け、やっとのことで天使を見つけ出した岳に対し、天使は事も無げにこう切り出す。
《「不幸な世界へ導いた、私が憎いか?冷静に考えてみたまえ。向こう側の『幸福にあふれた』世界で、君は本当に幸福だったのか?」
(中略)
たしかに、僕はこの世界で生きる手応えを感じていた。
この男の言うことは、まったく正しかった。》
岳は疑いもなくこの話を信じていく。
だがこの話にもまた、大きな矛盾が潜んでいる。
岳が生きる実感を感じた瞬間は、この世界に来たということよりも、冒険しているとき鈴と出会い反体制運動をしているとき…つまり、天使に抗うことが生きる実感となっているのである。
天使は岳をこの世界に誘うことで「生きる実感を与えた」から「抗わず現実を受け入れろ」と岳に迫る。
しかし岳は“天使に抗うことによってのみ”自身の存在意義を実感することが出来る。
あの“工場”で働いていては現実世界と変わらない…いや環境的には、現実世界よりも厳しい状況にしかならないのである。
仙人を操り岳達を誘導させたことも含め、
天使はまるで岳に克服すべき課題として自らを提示しているかのような感じすらする。
つまり天使には、岳が抗うこと、反体制勢力を指揮することは最初からわかっていたことなのかもしれない。
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