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ぼくがトイレに行っている間に、マリはジャージに着替えていた。だぶだぶの男物のジャージを着ると、妹でもそこはかとない色気がただよう。ぼくはTシャツにトランクスの格好になってシュラーフに身体をもぐりこませる。少しは男という生き物を意識させてみる。 「マリ、電気消してな」とぼく。 マリが素直に電気を消すと、部屋の外から断続的に夜の街を行き交う車の走る音が聞こえはじめる。 時計を見ると、蛍光塗料を施した針が十一時を回っていた。 「お兄ちゃん、いつまでこんな生活するの?」と余計なお世話。 「ぼくは所詮、アリギリスですから」とぼく。 「何それ?」 「アリとキリギリスの話は知っているだろう。働きもののアリは冬になる前に、一生懸命食べ物を集めました。そして冬になってなにも食べられなくなったキリギリスを見て、アリはキリギリスを笑い者にしました。唄を歌うことしかできなかったキリギリスは冬になって餓死をしたのでした。そこでぼくは昼間に働いて、夜になって唄を歌うアリギリスになったのでした。おしまい・・・・」 「変なの、アリギリスだって」とマリは布団にもぐってくすくす笑う。 そう、ぼくにだって生活があるんだ。月六万円の家賃。光熱水費。食費、これは結構「グルーヴィ」のお世話になっているけど。それに国民年金や国民健康保険といったものにまでお金がかかる。勤労青年をなめるな。
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