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「マスターただいま」ぼくは少し暗い店内を眺めながら店主のテルさんに声をかける。 「リン、カウンターに来な」とテルさん。 ぼくはうなずいて、客もまばらなテーブル席をはずして、カウンターに陣取る。もちろん、相棒のマーティンも脇につく。 「いつもので、良いな?」とテルさん。 ぼくはうなずいて店内の音楽に耳をすませる。 ボブ・ディランだ。それも生ギター一本で歌っていたころの曲。「風に吹かれて」。ディランはウディ・ガスリーの影響が強いんだよ、と教えてくれたのはテルさん。テルさんは昔、バンドを組んでいたことがあったという。駅長の保本さんはその頃の仲間。その関係でぼくは駅構内の片隅で歌うことができている。テルさんには古い日本や外国のフォークソングを教えてもらった。「グルーヴィ」のバック・ミュージックのほとんどは一九六0年、七0年代の洋楽。テルさんのこだわり。ぼくの歌う唄はテルさんからの影響が強い。少々中年太りしてきた身体に、トレードマークの火のついていないパイプを口に挟んでいるテルさん。「ザビネリのロコ」赤に黒い線のアクセントがついた皮張りのお洒落なパイプ。手の中で隠れてしまいそうなほどの小さな、それでも大きな存在感。ボタン・ダウンのシャツにジーンズ、黒い皮のベストを着こなしているテルさんはカウボーイ・ハットでも被れば、それこそこの店に溶け込んでしまう。 「おまちどおさま」と大ぶりのマグカップにはいったコーヒーとこれも大盛りのジャンバレイアを、ぼくとシフト交代をしてくれている美人のシマさんが渡してくれる。店の奢り。 ぼくは午前の九時から午後五時までのお勤め。午後五時から閉店の午後十一時までがシマさん。ぼくは熱いキリマンジャロに口をつけながら、そっとシマさんの端正を横顔を盗み見る。シマさんはぼくより六つくらい年上の女(ひと)。長い髪をポニーテールにしてきびきびと客をさばいてゆくしぐさは、西部劇にでもでてきそうなカントリー・ウーマン。 シマさんを目あてにしてくる常連客が多いこともぼくは知っている。ジーンズのスカートから伸びている足にはいささかも贅肉がついていない。格子縞のコットン・シャツから見事に盛り上がったふたつのふくらみが目にも眩しい。
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