1.輝かない月

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 それもそのはず。  なんとあのバカ親は誰にも告げず、今日唐突に姿を消したらしい。  もちろん連絡なんてつくはずもない。  どうしたものか。  予定では食材がなくなっているから今日、母さんが作りにくるはずだったのだ。  つまりうちには今、食べ物がない。  ちなみにお金もない。  昼食を買ったり生活必需品やらを買ったりで追加の生活費も今日手には入る予定だったのだ。 「残り120円…パンの耳でも買ってきて揚げようかな」  などと世界的大会社の御曹司らしくない思案をしていると、気の抜けるような音が響いた。  ピンポーン。 「新聞の勧誘…? まさかね。うちにそんなのくるはずがない」  町で華月家を知らない場所なんてないのだ。今更新聞をとるような家じゃないのもチェック済みのはず。  となると、母さんがなにか食べ物を送ってくれたのだろうか。  出来れば生物より保存のきく物の方がいいな、と思いながら僕は玄関のドアを開いた。  そして確かに時間は止まった。 「こんばんは、信也」  普段なにをみているのかさっぱり分からないその瞳は確かに僕を捉えている。  買い物でもしてきたらしく、手にはビニール袋。外気に晒された真っ白な肌はほんのり赤い。 「初……朝……?」 「違う。私、小鳥。信也はそう呼んでた」  呼び方が気にくわなかったらしい。  じゃなくて。  なんだ?  なんで急に現れたんだ。  唐突過ぎるだろう。 「入れて。 晩御飯…作る」  これが、長い間続いていた孤独な地獄を、静寂だけがあるそんな日々をぶち壊す亀裂になっていたのだと知るのはまだ先の話。
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