第1章 蜀漢の章

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尚香はそんな父親をものともせず(そして時々転がってくる父親を蹴り遣りつつ)、晶に向き直って話を継ぐ。 「というわけで、たぶんあたしも孔明殿が言った通り、彼女と晶は知り合いなんじゃないかと思っているの。別に移住してほしいっていうわけじゃないから、遊びに来る感覚でいいの。だから、一度うちに来てみない?」 勿論晶も理解している。 ここにおける三国は同盟国だというのだから、当然行き来も自由に許可されていることだろうことは予測ができる。 ただし問題は距離だろう。 何せ中国大陸は広い。 交通手段も元始的なものになるだろうし、片道だけでも何日かかるかわからない。 小旅行どころではない旅路になるのは目に見えている。 そこで晶はちらりと蜀の面々を盗み見た。 その視線を最初に受け止めた劉備は、不思議そうな顔でこてんと首を傾げた。 その様子に不安が強まる。 何せ晶の目下の心配事は、世情の情勢でも距離でも期間でもないのである。 すると、晶の頭にふわりと優しい感触が下りてきた。 驚いて顔を上げると、優しい笑みを湛えた魏延と視線がぶつかる。 その目を見て、晶は彼に自分の懸念を見透かされたことを悟った。 魏延は晶の頭を優しくなでながら、宥めるように言う。 「大丈夫だよ晶ちゃん。たとえ君が長らくこの国を離れることになっても、俺たちはいつでも君を迎え入れるよ。一度出て行ったんだからもう受け入れない、なんてことはないから、そんな心細そうな顔をしないで」 思わず彼の隣に立っていた趙雲を見ると、彼も優しい笑顔で首肯してくれた。 更に近くにいた張飛を見れば、珍しいことに彼も微笑んでいる。 「当たり前でしょう」という顔をして。 それを見て、やはりこの人たちには敵わないなと晶は思った。 そう、晶が最も心配していたのは『帰る場所』だった。 遠いからこそ長らくこの場に不在となる余所者の晶を、ここの人たちはまた迎え入れてくれるのだろうか。 晶はそれがとても心配だった。 でも、少なくとも迎え入れると言ってくれた人たちがいる。 そのおかげで、とても心が軽くなった。
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