奴隷の心得

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柚子は腕まくりをしてキッチンに立った。 アイランドキッチンになっていて、水回りは綺麗に片付けられている。 何を作ろうかと冷蔵庫を開けた柚子は目を剥いた。 中にはズラッとビールが並べられていて、それ以外はチーズやスモークサーモンなど、つまみのような物しか入っていなかったのだ。 「ちょ、ちょっと! なんか作れって何にも入ってないじゃない!」 「だって俺、自炊しねーもん」 「はあっ?」 嫌な予感を覚えて柚子はガス下の扉を開けた。 中には何も入っていない。 あっちこっちをひっくり返し、柚子はようやくまな板と包丁一本だけを見つけた。 「な……鍋もおたまも何にもないじゃない! これでどうやって料理しろって言うのよ!」 「うるせーな。買いに行けばいいだろ」 「あんた今まで何食べてたのよ」 「ほとんど外食だな」 柚子は呆れて証を見つめた。 (…………これだから金持ちは) 栄養だって偏るだろうに、そのへんのことは気にしないのだろうか。 どうりで使っていないのだから綺麗なはずである。 「買い物行くから付き合ってよ」 「あ? なんで俺が」 「一から全部揃えなきゃなんないのに、私一人じゃ荷物持てないでしょ!」 証は煩わしげに煙草を灰皿に押し付けた。 「………めんどくせ」 「めんどくさいってあんたね。こんな食生活じゃお母さんだって心配なさるでしょ」 「………そんなもんとっくにいねぇよ」 (……………え) 柚子は驚いて証を見つめたが、証は特に気にする風もなく再び上着に袖を通した。 (証って……お母さんいなかったっけ?) 幼稚園の頃はいつもベンツで送り迎えしてもらっていたことしか、柚子の記憶には残っていなかった。 「ほら、買い物行くんだろ」 「え、あ……」 腕まくりをした袖を戻して、柚子は玄関に向かった証の後を追った。  
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