奴隷の心得

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時間は刻々と6時に近付いてきていた。 夕御飯の用意はとっくに終わっていたが、白いエプロンを前にしてさすがに柚子は逡巡していた。 覚悟を決めたつもりでも、やはりどうしようもない屈辱感に襲われる。 ピラッとエプロンを目の前に持ち上げ、柚子は深い溜息をついた。 そろそろ着替えなければならない時間だ。 ノロノロとエプロンを引きずりながら、寝室へ向かう。 そうしておもむろに服を脱ぎ始めた。 下着も何もかもを取っ払い、素肌にそのままエプロンを着る。 全身の映る姿見で自分の恰好を目にした柚子は、そのあられもない姿に思わずこめかみを押さえた。 (これは……ヒドイ) 前はともかく、後ろが丸見えではないか。 (一番最初にこれやった人、バカじゃないの……) こんな恰好で男の人の前で堂々とできる程、自分の神経は図太くはない。 花も恥じらうハタチの生娘なのだ。 (あ~~~っ、でもでも素直に恥ずかしがる顔をただ見せるだけなんて、悔しいよーっ!!) ワッと両手で顔を覆ったその時だった。 ピンポン、と家の呼び鈴が鳴らされた。 ギクッと柚子は時計を振り返る。 6時にはまだ早いが、どうやら証が帰ってきたらしい。 (嘘でしょーっ! まだ心の準備できてないのにーっ!) 柚子は寝室を飛び出し、慌てて玄関へ向かった。 『三つ指ついて、お帰りなさいませご主人様っつって出迎えろ』 証の言葉が蘇り、柚子はためらいがちに玄関先に膝をついた。 ガチャリと鍵の落ちる音がし、柚子は緊張と羞恥で身を固くする。 ゆっくりとドアが開くと同時に、柚子は三つ指をついてガバッと頭を下げた。 「お帰りなさいませ、ご主人様っ!」 その瞬間、柚子の目の前にドサッと鞄が落ちた。 (…………………?) 訝しく思い柚子はゆっくりと顔を上げる。 そうして目の前に立つ人物を見て、思わずゴクリと息を飲んだ。 そこに立っていたのは証ではなく……… 柚子以上に驚愕の表情を浮かべて立ち尽くす、五十嵐 陸だった。  
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