奴隷の心得

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お互いに今の目の前の状況が信じられず、二人はしばらくの間見つめ合ったまま硬直していた。 先に我に返ったのは五十嵐のほうだった。 慌てふためいたようにクルッと体を反転させ、ドアノブに手をかけた。 「し、失礼! 部屋を間違えました」 「えっ……」 咄嗟のことで柚子が誰だかわからなかったようで、どうやら部屋を間違えたと思ったらしい。 鍵でドアを開けたのだから部屋を間違えた訳はないのだが、パニックに陥ってしまいその辺の判断がまともにできないようだ。 「あ、あの、五十嵐さん!!」 「……………え」 突然名を呼ばれて、出て行きかけていた五十嵐は動きを止めた。 恐る恐る柚子を振り返る。 「あ、あの……部屋、間違ってません。ここは成瀬 証の部屋です」 「…………………」 「私のこと覚えてませんか。何日か前にキャバクラでお会いした、ユズです」 五十嵐は大きく目を見開いた。 「あ……あの時の……」 「………はい」 「でも……何故ここに……?」 訳がわからないというように五十嵐は髪をかきあげた。 何から説明していいのかわからず、柚子は瞳を泳がせる。 「え……と、話せば長いんですが……」 「ちょ、ちょっと待ってください」 そのまま話を続けようとした柚子を、五十嵐は慌てて制止した。 「と、とりあえず、何か着てくれませんか。……目のやり場に困るんですが」 「………………え」 ゆっくりと柚子は自分の体を見下ろした。 裸エプロンだったことをようやく思い出し、ガバッと胸元を両手で隠す。 「す、すみません!!」 「…………いえ」 五十嵐は赤い顔で横を向き、動揺を隠すように眼鏡を押し上げた。  
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