奴隷の心得

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「………そろそろ帰ってあげてはいかがですか。今日はそんなに取り急ぎしなくてはいけない仕事はないでしょう」 「……………は?」 「せっかく御飯を作って待ってくれているのに」 「………飯はお前が食ったんだろーが」 「ちゃんと貴方の分も取り分けていましたよ」 「…………………」 「いい子じゃないですか。貴方の体の心配をして、とても栄養バランスの取れた美味しい食事を作ってくれていましたよ」 「それは金貰ってるからだろ」 ぶっきらぼうにそう言うと、証は二本目の煙草に火を点けた。 五十嵐は心の中で吐息する。 本心を押し隠そうとする時に煙草を吸うのも、わかりやすい証の癖だ。 「それより、あいつ俺とお前が恋仲だと思ってんだぞ」 「…………ああ」 五十嵐は口元に手を置いてクッと吹き出した。 「面白い人ですね。さすがに俺も驚きました。誤解を解いたら目を丸くして真っ赤になって」 「………バカなんだよ。ったくどんな思考回路してんだか。何回俺がノンケだっつっても信じやしねー」 「………でも、スレていなくてかわいらしいじゃないですか」 「………………」 「偏見ですが、キャバ嬢なんて男に媚びを売る生き物だと思っていましたが、全くそんな素振りがない」 「………だから店で指名取れなかったんだろうが」 証は煙を吐き出しながら、まだ長い煙草を灰皿に押し付けて火を消した。 「あいつの話はもういい。お前ももう今日は帰れ」 これ以上柚子の話をしたくないのか、証は有無を言わさぬ口調でそう言った。 五十嵐は笑いを噛み殺し、一歩下がって頭を下げた。 「わかりました。ではこれで失礼します」 「ああ」 「お疲れ様でした」 踵を返して五十嵐が部屋を出ていくのを見届けた後、証は頬杖をついて大きな溜息をついた。  
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