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証が柚子を連れていったのはなんと男子トイレだった。
「やだ、ここ男子トイレじゃん!」
「うるせー」
証は柚子を個室に放り込み、自身も中に入って扉を閉めた。
もちろん個室なので、二人も入るととてつもない圧迫感だ。
「ちょっと、何すんのよ! 私仕事中なんだけど!」
「後でドンペリ入れてやるよ」
「………………っ」
思わず柚子は言葉に詰まる。
それは非常においしい。
柚子が黙り込んだので、証は腕を組んで壁にもたれた。
「で、お前はこんな所で何してんだよ」
「何って……。見ればわかるでしょ、キャバ嬢よ」
つっけんどんに答えて柚子はプイッとそっぽを向いた。
「んなこと聞いてんじゃねーよ。なんでお前がキャバ嬢なんかやってんだよ」
「お金が欲しいからに決まってるでしょ!」
柚子はキッと証を睨み付けた。
証は眉を寄せる。
「だって……お前、社長令嬢だったじゃねーか」
「あの頃はね! 今は違うんです!」
「………………」
証は黙り込んで柚子を見下ろした。
羞恥で柚子は強く唇を噛む。
こんな所で『あの頃』の自分を知る人物に会うなんて、最悪だ。
こんな落ちぶれた自分を見られるなんて……。
そうだ、思い出した。
成瀬 証。
明治時代から続く成瀬財閥の御曹司。
「………うちは由緒正しいあんたんとこと違って、バブルの時に父の一代だけで築いた成金会社だもん。この不景気続きで、会社も経営右肩下がりで……」
柚子はそこで言葉を詰まらせた。
涙だけは流すまいと、柚子は目の奥に力を込める。
「あげく父は亡くなって会社は倒産。……私に残ったのは、三千万円の借金だけ!」
証はわずかに瞠目した。
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