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さようなら、
そんな台詞を残して彼女は私の前から姿を消した。突然のことに付いて行けない私の脳、ふるりと震えた眼球は確かに最後の瞬間まで彼女の姿を映していた筈なのに真っ白に染まった世界でどうしてもその姿を見付けることが出来ない。泣きたかった。わんわんと声を上げて、幼子のように。さようなら、さようなら、口の中で噛み砕いた言葉が私の涙腺を刺激する。泣きたかった。泣けなかった。泣いている暇なんてなかった。
「貴女に、会いたくなかった」
再会した彼女はもう私の知っている彼女ではなく、青く鋭い瞳が容赦なく私を貫く。泣きたかった。けれどそれは許されなかった。もうあの頃には戻れない。裏切られた、それを私は漸く理解した。
「私は貴女が好きでした」
「……」
「貴女は私の憧れでした」
「……」
「けれど、それも今日までです」
「……、」
これ以上の言葉は不要だった。ひゅう、と風が吹いたのは一瞬で、私の放った風が彼女の腕を切り裂く。切り落としてしまうつもりだったのに。避けることも防御することもせずにじっと私を見る青の瞳、行き場のなかった悲しみが怒りに変わる瞬間、私の中で何かが、確かに音を立てて崩れた。
「こんな間怠っこしいことしないで。何も残らないよう、私を切り刻んで」
まるで死に急いでいるようだった。泣けない私の代わりに私を包む風が泣く。彼女の長い髪が揺れた。真っ赤な鮮血が静かに滴り落ちる。小さな血溜まりが広がる。彼女は眼鏡の奥の瞳を細め、泣きそうな顔で笑った。ずるい。私を裏切った貴女がそんな顔をするなんて、そんなのずるい。望み通り切り刻んでやろうと思った。振り上げた自分の手が震えているのに気付く。悲しくて悔しくて声が出ない。ああ、私は、私には、殺せない。力無く折れた足、座り込んだ私に注がれる彼女の視線。冷たいコンクリートの上にぽたりぽたりと落ちた滴が小さな染みを作った。
「…ごめんね、」
柔らかな声が落ちる。かつん、響いた靴音が少しずつ少しずつ遠ざかって行く。私は泣いた。見えなくなって行く後ろ姿が遠くて、あの悲しそうな笑顔が忘れられなくて。
好きでした。好きでした。
貴女のことが好きでした。
裏切った人と裏切られた人
長くなったので途中途中切りました
したら中途半端になりました
すみません;
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