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時は少し遡る
その日の廓が開く大分前。
まだ、昼だと言うのに客が来た。
その顔を見て、女将は手を擦り擦りゴマをする。
「よく、おいで下さいました。うちは旦那様のお話で持ちきりですよ」
いつもは渋い顔の女将も今日ばかりはずっと朝からにやけていた。
華の前では当然そんな顔はしなかった。
だが、厄介払いが出来る上に水あげ金は通常の二倍。
更に今まで有った水あげ話は毎回、死んだり行方不明で全て流れている上にこの廓は呪われた女がいると、嫌な評判が立っていて。
逆にその噂で来る者もいれば、足が遠のく者もいた。
だが、それよりも問題だったのが女将が華を気にくわないと言う点だった。
あの毒々しいまでの赤い唇。
以前は華に廓を任せようかと言う客もいたのだ。
そんな事をされては自分の廓の客が流れてしまう。
だから、そんな話の噂になった旦那がその数日後に頭だけが川に浮いていた時は、不謹慎にも女将は喜んでしまったくらいだった。
華には有り得ない事が有り得るのだ。
廓の女郎風情が廓の女将になる。
それは女将に取っては自分を冒涜されたも同然だった。
幾ら、廓とは言え。
此処は敷居の高い廓だ。
上客しか入れない高級な廓だった。
だから、女将にもプライドと言う物が有った。
たかだか、自分の年の半分すらない華が廓を任されるなど有ってはならない事だった。
「旦那様。華もこの話は大喜びでございます。今宵は旦那様の為に華は旦那様以外には付けませぬ故、水あげ前にお楽しみ下さい」
この旦那なら、今までの旦那のように簡単に死んだりはしないだろう。
それにきっと忌々しい華は酷い目に合うだろう。
女将は玉李家の裏側の噂をよく知った上で華を勧めたのだった。
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