第3話 オーディション当日

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緊張と興奮とがごちゃ混ぜになったまま、いよいよオーディション当日がやってきた。 いつもはパンツスタイルが多いけど、今日は特別。 この日のために選びに選んで買ったワンピースに、ちょっとヒールのあるサンダル。 普段はひとつに結んでいる髪の毛も、カノンの雑誌を見ながら一生懸命女の子らしくアレンジしてみた。 小麦色だった肌もお母さんが買ってくれた美白用化粧水を毎晩つけ続けたおかげで、少しだけ色白になれたような気がする。 (よし! やるべきことは全部やった!) 指定された荷物は全部持ったし、ワンピースのポケットにはお守り代わりの切り抜きも入れた。 お守りっていうのはもちろん、雑誌に載ったカノンの写真。 笑顔のカノンはあたしにだけ「がんばって」って言ってくれてる気がする。 準備万端整えたあたしを見送るお母さんが、「すっかり女の子らしくなったわねぇ」って言ってくれたのが嬉しくて、少し気恥(きは)ずかしかった。 慣れないヒールで荷物を抱えたまま、駅までの道を歩く。 着ている服が違うってだけで、通い慣れた道まで新鮮に見えるような気がした。 信号待ちをしている間も、オーディションを意識して背筋を伸ばして立ってみたりして。 行き交う車の向こう側、信号待ちをしている人の中に見知った顔を見つけて、あたしはあっと声を上げた。 (佐久間先輩だ──!) 気づいた瞬間から、心臓は痛いぐらいに高鳴って頭の中は真っ白。 (でもあたしのこと、覚えてるわけないよね) 顔を合わせてしゃべったのはたった一度だけ。 しかもあたしみたいに平凡で特別かわいくもない子のことなんて、きっと覚えてるはずない。 でも今なら──いつもよりちょっと女の子らしい今なら勇気が出せそうな気がして、ポケットの中に入れたカノンの切り抜きにそっと指先で触れてみる。 『がんばって』 (うん──!)
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