第3話 オーディション当日

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ばっちりのタイミングで信号が青に変わる。 こちらへと渡ってくる先輩に、思い切って話しかけてみた。 「あのっ、この間はありがとうございました!」 「……ああ、入学式の日の」 誰だっけ? って聞き返されるとばっかり思ってたのに、返ってきたのは意外な言葉。 心の準備もその一言で吹っ飛んでしまって、途端(とたん)に何も言えなくなってしまう。 「あの! えっと……」 「ごめん。オレ、今から部活だから」 「あ、はい……」 覚えててくれたことは嬉しいけど、彩みたいにおしゃべりを弾ませることはできなかった。 これからオーディションだっていうのに、すとんと気持ちが落ち込んだまま、曖昧(あいまい)な笑顔で一歩踏み出す。 「かわいいじゃん」 「え?」 「似合ってるよ」 それだけ言って、先輩はスタスタと歩き去ってしまう。 「え!? えっ…………えーっ!?」 (先輩がほめてくれた──!) それはまるで、勇気を出したあたしへの、神様からのご褒美(ほうび)みたいな一言だった。 上機嫌で電車を乗り継ぎ、オーディション会場の編集部へ。 ちゃんとした会社に来るのなんかもちろん初めてで、当たり前だけど緊張しちゃう。 入り口で番号の入ったネームプレートをもらう。 13番──これがあたしの番号。 (佐久間先輩には会えたし、もしかして合格しちゃうかも!) 一瞬、嬉しい気持ちになったけど、控室のドアを開けた瞬間、それは粉々に砕(くだ)け散った。 ふんわりとお花みたいないい香り。 小さい顔に大きな目、カノンみたいにかわいい女の子たちがずらっと椅子(いす)に並んでいる。 「おつかれさまです~!!」 空いている椅子に座ったら、隣の美少女に挨拶(あいさつ)された。 (めちゃくちゃかわいいし!) すらっと背が高いその子は、本当のモデルみたいにスタイルがいい。 香水をつけているのか、動くたびにオレンジの香りが漂ってくる。 「お、おつかれさまです」 (これがギョーカイのお約束!? まだつかれることしてないよ!?) なんだかあたしだけ場違いみたい。 控室に揃(そろ)った女の子たちは、みんなキラキラしてて、お人形さんみたいで、格が違うって感じ。 (すごいなー……。でもカノンは、もっとかわいいんだろうな)
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