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「彼が最初どこから現れたのはわからなかったわ。アリスなんて皆そんなものだけど…彼だけは特別な気がした。……男だったからかと思ってたけど…今考えればそれもわかるわね。本当…彼は特別だった…」
『特別』と言うときに王女様は優しく悲しい笑みをうかべる。
「わたくしにとっての彼も特別だった。結婚したら幸せになれると教えてくれたのも彼よ。その時すぐに求婚したけど…断わられちゃった」
ひと呼吸入れてから続ける。
「わたくしはまだ結婚というものをよくわかっていないみたいね。アリスを泣かせてしまったり…」
「それは忘れてよ…お願いだから」
弱味を握られたように、直也は赤くなった顔を隠そうと首を曲げる。どうして泣いたのかわからない。はっきりとした理由はない。ただ感情だけが先に出てしまった。その結果が、あれだ。
「可愛らしいお方よね、アリスは」
「やめてってば…」
顔から火がでそうだ。
暑くてぱたぱたと仰ぐと王女様は楽しそうに笑った。
「彼は完璧だったわ……だから皆安心して親しんでいたの。弱味なんてもの、彼にはなかったのかもしれない。けど人間らしくないというか…どこかつかめない人で……それを眠り鼠は心配してた…」
いつだって人のことを優先して考える。優しくて、いつも笑っていて、それが直也が覚えているじいちゃんだ。そんなのが当たり前だったから心配なんてしたことなかった。
「眠り鼠は…本当に好きだったんだね」
じいちゃんのことが……。
「自分のことを初めて認識してくれたようなものだもの。眠り鼠にとって彼は特別。存在を認識してもらうことがどれだけ嬉しいか……わたくしは知らないわ。けど眠り鼠を見ていたらわかる気がしたの。不思議ね…」
ふふっと王女様は嬉しそうに笑う。
王女様の中のアリスとの思い出は、どれも楽しいものだった。
「彼女が羨ましい…」
ぽつりともらす。
「わたくしもアリスに愛されたかった……」
「……王女様…」
どんなに王女様が望んでも、直也には彼女の望みを叶えてあげることはできない。
「そんな表情しないで、アリス」
そっと王女様が直也の頬に手を伸ばす。
「わたくしは笑顔のアリスが大好きなんだから」
王女様に言われて直也は少し表情を崩して笑う。
けどわかってる。王女様は笑顔を見たいんじゃなくて、悲しい顔を見たくないんだ。なのに…自分がそんな表情をしていることには気付けない……───
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