遠い記憶

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「待ちなさいアリス」 王女様が直也の手首を掴む。 「待てないよ!!」 直也はその手を振り払って言った。 「拐われたって……誘拐だろ!!?なんでそんな冷静でいられるんだよ!!」 それも三月兎がウカレ兎に拐われたんだぞ?ウカレ兎は三月兎を嫌ってる。何をするかなんてわかったもんじゃない。 「…王女様が行かなくても俺は行く。あなたに迷惑はかけない」 「違うのよ、アリス」 「何が!!」 直也が怒鳴ると王女様は泣きそうに顔を歪めた。さっきみたいに笑わせたいとは思えない。むしろ勝手に泣いていればいいとさえ思ってしまう自分に、よけい苛立ちが増した。 「違うのよ…」 きゅっと王女様が唇を噛む。 「ウカレ兎が三月兎を拐うのは、……いつものことなの」     「…………」   「一週間…いえ、5日に一度くらいの割合で……もう誰も心配したりはしないの。今頃チェシャ猫が連れ戻しに行ってるはずよ」 いつものこと…? 5日に一度…? さっきまでの怒りはどこへいったのか。直也はぽかんとまぬけな表情のまま立ち尽くした。しかしそこにトランプ兵が声をかける。 「今回は違うんですよぅ」 「何が違うのよ」 キッと王女様がトランプ兵を睨み、トランプ兵はブルブルと体を震わせながら言った。 「チ…チェシャ猫がいないんですぅ」 その言葉に直也ははっとトランプ兵を見た。王女様も驚いて目を見開いている。 「いない…ですって?」 「どこを捜してもいないんですよぅ。今ハートの5とスペードの3が捜しに出てるんですぅ」 「じゃあ…三月兎は?」 直也の声にトランプ兵はびくりと体を震わす。 「つ……連れて…連れて行かれました」 脅えながら言うトランプ兵を、直也はすくいあげてテーブルの上に乗せる。 「何処に行った?もちろん知ってるよな?」 アリスが望むのなら言うと言ったんだから、知らないなんてことはないはずだ。 「知ってますよぅ。知ってますけど…」 けれどトランプ兵はあまり言いたくないのか下を向いてしまう。 「トランプ兵……?」 「私はダイヤの7です!!」 王女様がトランプ兵トランプ兵言っているからそれが名前なのだと思ったのに違ったらしい。たしかにさっきハートの5とかスペードの3とか言ってたな。 「……ダイヤの7、教えてくれ。お前がたよりなんだよ」 他のトランプ兵たちの存在を忘れ、直也は言う。足下でクローバーの8が、ぷうっと頬を膨らませた。
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