遠い記憶

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「その時国にいたのはわたくしの他に白兎、帽子屋、眠り鼠…。番人がいつからいるのかは誰も知らないわ。なんせ彼は住人といっても国の中にはいないんだもの。」 「最初から皆いたわけじゃないんだ…」 「ええ。だってこの国はアリスの夢ですもの。そのためにわたくしたちは集められているの」 アリスの…夢? どこか引っ掛かる言葉だ。アリスはこの国をつくりたかったってこと…?でもどうして……? 「アリス、今は何も考えないで」 そっと王女様が直也の手を握る。 「考え過ぎるとわかるものもわからなくなる…」 「………うん」 「あなたならきっと彼女を救えるわ」 そう言って王女様は上品に笑った。手の温かさに肩にはいっていたよけいな力が抜ける。知らず知らずのうちに緊張していたみたいだ。直也は小さく深呼吸する。 「4代目のアリスはとても可愛らしい方だったわ。ショートカットの髪が内巻きで少し頬にかかってね、背なんかわたくしより小さくて…」 そこまで言って王女様は苦笑する。 「そのわりに気が強くて、アリスらしくないアリスだったわ」 「アリスらしくない…」 「アリスらしいアリスもいなかったけれどね」 王女様は直也を見て笑う。 そりゃー俺はアリスらしいアリスじゃないだろうけどさ、…… 「…4代目アリスは狂って死んでしまったわ。普通に考えたら当たり前よね。いきなりこんな国に連れてこられて『あなたがアリスです』なんて言われても信じられないもの」 俺だって最初は信じられなかった。帽子屋たちがふざけてるか、夢なんだろうと思ってた。けど目が覚めてもここにいるのは変わらないし、皆が言う前代アリスがどんなやつなのか気になったから、信じることにしたんだ。 「眠り鼠は離れた所に住んでいていつも寝ているから会うこともなかったわ。けど白兎と帽子屋はしょっちゅう外で喧嘩していたのよ。わたくしは窓からいつもそれを見ていてね、ある日思わず笑ってしまったの。その時の二人の驚いた顔は傑作だったわ。見られてたなんて思わなかったんでしょうね」       その日も喧嘩の内容は馬鹿馬鹿しかった。目玉焼きには『塩』か『醤油』かでもめていたのだ。といっても二人は一緒に住んでいるわけではないから、食事の最中に顔をあわせることなんてない。結局内容なんてなんだってよかったのだ。ただこの暇な国で時間を潰せるのなら。
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