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とてとて、と走り寄る少女に気付いた少年は、向き直り爽やかに微笑んだ。
「沙耶ちゃん」
自分だけに向けられた笑顔、その証拠に、微笑むと同時に名前を呼ばれた。それを意識した沙耶と呼ばれた少女は、元々紅かった肌をさらに色濃くした。
「先輩、お疲れ様です。これ……どうぞ」
差し出した手には、数時間握り続けていたスポーツドリンクとタオル。
少年はそれに触れた瞬間顔を引き吊らせた。しかし沙耶は眼を瞑って差し出した為にそれには気付いていない。
「……いつもありがとう。わざわざ待たせてるみたいで悪いね」
表情を取り繕い、再び笑顔を作った。
礼を言われた沙耶は、これでもかという程に嬉しさを表す。
「いえ、私が勝手に待ってるだけですから。あ、すいません引き留めちゃって。それじゃあ、お疲れ様でした」
深く頭を下げ、踵を返して沙耶は走りだした。
少年はそれを確認すると、手に持っていた温くなったスポーツドリンクと湿ったタオルを後ろに控えた後輩に、乱暴に投げて渡した。
「あのバカ女、いい加減気付けよな。頭の悪い女はこれだから嫌いなんだよ」
先程までとは態度を一変させた少年が溜め息混じりに呟く。
「そこまで言うなら相手にしなきゃいいんじゃないっすか?」
「ばーか、顔はいいんだから一発やっとかねえと損だろうが」
少年がそう言うと、取り巻き達と高笑いをした。
知らない所でぞんざいに扱われている沙耶は、ほとほと不幸なのかもしれない。
しかし――よくある、そう、このような事はよくある話なのだ。
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