第一章 幻想の現象

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 人間は、胸筋を二十倍にまで鍛え上げれば、鳥と同じように飛べるとはいうが、実際のところそんなものはただの理屈であり、現実では無理だ。  けれどもしかし、何もしないで飛ぶということの方が、不可解極まりない。  それならば、まだ胸筋やらを鍛える方が現実味があると言えるだろう。  しかし、ここは幻想郷。  常識の裏側。  世界の裏側。  不可能が可能で。  可能が不可能。  故にその、飛ぶという行為もまた――可能なのだ。  ……とはいえ。  そうは言っても、幻想郷にいれば誰でもすぐに飛べる、というわけではない。  この世界で飛ぶ、ということは、簡単に言えば常識を否定すればいいのだ。  ここでは、常識と非常識が表裏逆なおかげで、向こうの飛べないが飛べるに変わる。  だから、常識を否定すればいい。  しかし、簡単に言うがこれがまた難しい。  そもそも、否定するということ自体が簡単ではないのだ。  常識の否定。  つまり、少しでも自分の中に『飛べない』という想いがあれば、飛ぶことは出来ない。  俺のように外から来たものは、長い間常識というものに縛られてきた。  それ故に、簡単には飛べないのだ。  ――とまあ、理屈っぽく言ってみたけど、実際のところは俺もよくわかっていない。  いや、少しも理解していないのかもしれない。  今のだって、恥ずかしながら自分でも何を論じているのか、ほとんどわかっていないも同然なのだ。  何せ今のも全部、あの人からの受け売りなのだから。  俺は比較的短い期間で飛べるようになったのではあるらしいが、論理やら理屈やら、その辺りはさっぱりだ。  ふと前を見ると、そこにはまるで、それ一つで巨大な石山を形成しているかのような、長い長い階段。  これこそ、白玉楼の入口。  冥界の門とも呼べる場所である。  博麗神社の階段も、中々に長いものではあったのだが、ここはそれの比じゃない。
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