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彼女と初めて会ったのは、引っ越しの挨拶をしに行った時だった。
新しい家、古い家取り混ぜになった隣近所をその名の通りの粗品を携えて、一軒一軒回った。
うちと同じ新しい建て売りは同世代か、もっと若い家族ばかりであったが、彼女の家だけは違っていた。
インターフォンを押す。
作りは他の新築とほとんど同じなのに、駐車場も庭もやけにさっぱりしていて、殺風景な感じだった。
もう夕方なのに、玄関灯はもとより、家の中に灯りが点いている様子もなく、しん…としていた。
戻ろうと一歩下がりかけた時、「はい…。」とかすれた声がして私はあわてた。
「こんにちは。はじめまして。今日、3軒先に越して来ましたので、ご挨拶に参りました。」
「あぁ、わざわざ。お待ちください。」
少しすると、玄関ドアの向こうから「開けてくださいませんか。」と声がした。
扉にはノブがなく、中からは、取っ手を押すだけで簡単に開く。
忙しく、手が離せないのだろうか、悪いタイミングで来てしまったと、少し後悔しながら、扉を引いた。
暗い玄関に続く廊下を奥の一部屋から漏れた蛍光灯の灯りだけが照らし出している。その光を背にして、腰の曲がった小さな老女が、廊下の縁に向かって、ちょこちょこと歩いて来た。
「すみません。今日、越して来ましたので、これつまらないものなんですが、これから、お世話になります。よろしくお願いします。」
と言って、差し出した小箱を丁寧に両手で受け取りながら「わざわざ、すみませんね。こちらもご挨拶に伺わなくてはいけないのに。うちの若い者が昼間はいないものですから、失礼してしまって。」と彼女は言った。
ふと気付くと、いつから居たのか、玄関マットの上にちょこんと小さなマルチーズが座っていた。
「お利口ですね。おとなしくて。」と言うと
「あぁ、これね。吠えはしないんですけどね、私はあんまり好きじゃないんですよ。若い者が連れて来たものだから。」と言って笑った。
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