彼女の痕跡

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暫くして、近所に住む母親と彼女の話をした。 「この奥に住んでるお婆さん知ってる?腰の曲がった、小さいお婆さん。昼間は若い者がいないって言ったけど、その若い者に私は一度も会ったことがないんだ。」 「あの、すごい腰の曲がったお婆さんでしょ。あの人、しっかりしてるよね。もお86だって言ってた。あなたが越してくる何日か前に、シルバーカーをおしながら、一人でこの辺りに挨拶回りしてたよ。一人暮らしなんじゃないの?誰も一緒には来なかったから。」 「私がこの前、挨拶に行った時は、若い者が昼間は居ないって言ってたよ。それに、あんなにお年寄りだったら、むしろ家族が一緒に来て、一人なんでよろしくお願いしますって、挨拶するものじゃないのかなぁ。引っ越しだって、一人では出来ないでしょ。」  「そうね。でも一人暮らしだって、近所の人も言ってたけどね。」 あの日、彼女が私に「若い者が昼間は居ない」と言ったのがどういう意味を示すのか。 私には全く分からなかった。 その後、仕事が休みの日の夕方に、車が多く行き交う大通りで、シルバーカーを押して歩く彼女の姿を自動車ごしに度々見かけた。 母が言うには、彼女はほぼ毎日、近くのスーパーに買い物に出かけているらしい。 近くといっても、私が早足で歩いても15分はかかる距離だ。 そして、前に母が言ったように、「若い者」の姿も、駐車場に車が停まるのも見ることはなかった。
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