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シルバーカーを押して歩く彼女に、挨拶の声をかけると、決まって丁寧に頭を下げて挨拶を返してくる。
カールした白髪に、柔らかな帽子を載せて、同じ色のスカーフを首元にふんわり巻くのが、いつもの外出スタイルだ。
11月の終わり、去年はとびきり冷たい風が吹いていた。
その日の夕方も、大通りでシルバーカーを押す彼女を自動車ごしに見た。
こんな寒風吹く夕暮れでも、夕食の買い出しに、自分の足で出なくてはならないなんて。
私は、暖房の効いた自動車を運転しながら、何だか居たたまれない気持ちになった。
今、思い返せば、それが私が見た、彼女の最後の姿だった。
私は仕事も段階忙しくなって、彼女にばったり会うこともなくなってしまった…そう思っていた。
その年の暮れ近く、彼女の家の前を通りかかってみると、一階の部屋はシャッターが閉まっていた。
最近の建て売りは省スペースのためか、雨戸ではなくシャッターが付いている。
腰も曲がり、腕力も衰えた小さな彼女にとって、このシャッターは曲者であったに違いなく、今までシャッターが降りていたことはなかった。
「正月が近いから、きっと息子夫婦が自分の家へ連れて帰ったのだろう。」
そんなことを思っていた。
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