帰省

6/6
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
引き戸を開けると、玄関先に華美な生け花が飾られていた。 「お帰りなさい」 花を生けた当人である妙子が擦り足で近寄ってきた。 地味な柄の着物を着ているが、妙子自身の嫌味なまでの艶やかさは隠しきれていない。 その艶っぽさが、僕を僅かに苛立たせる。幼い頃に病死した母の後妻である妙子がこの家に来たのは、僕が中学生になった春だった。 18歳だった妙子は父と親子程も離れた、幼い花嫁。それでも母が持ち得なかった妖艶な色香を湛えていた。 母は全てにおいて彼女に負けた。 その事実は思春期真っ只中の僕を酷く傷付けた。 無表情に返事を待つ妙子に「ただいま」そうぶっきらぼうに言った僕は、靴を脱ぎ捨て中へ入った。 長い廊下の突き当たり、襖を開けた部屋には初老の男が居た。 「遅かったな」 大きな座卓以外何もない部屋に、男の声が静かにこだまする。 「すいませんでした…」 僕は意味もなく謝罪した。 読んでいた新聞を脇に置き、男…父が僕を見た。その瞬間、僕はいすくめられる。 そして僕の脳裏をセピア色の切り取られた映像が横切る。 嗚呼…夢に出てきた想い出の小川は穏やかだったが、実際大きくなってから見た時には深さがあり、僕が昨日見た旅番組の川と記憶が混同しているじゃないか! きっと叱られたのだ。小川へは二度と行くなと。 そこで僕は記憶を閉じたに違いない。 そのせいで回想すらままならない…。 けれども仕方がないのだ。僕にとって絶対命令なのだから。そう、父の命令は僕には絶対。 僕は父の飼犬なのだから。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!