第5章 「心をください。」

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翌朝目覚めると、空はやはり重苦しく雲を纏っていた。 僕自身の晴れない気分も、この空のせいにできるほどだ。 カーテンを思い切り開けて、必要以上に背伸びをした。 ルイのことは考えない! そうやってルイのことを頭に浮かべたまま、僕は仕事へと出かけた。 忘れることなんて簡単にはできやしなかったけど、忘れたフリならいくらでもできた。 自分にさえも嘘をついて、僕は上手に毎日を過ごした。 ぽっかりと開いた穴なんて、意外と気にせずにいられるものだ。 「もしもし?」 そんな何てことのない日常を演じていた僕に、突然、大井田から電話がかかってきた。 不思議だった。 毎日おもちゃ屋の前を通っていたのに、僕はあれから一度も店の中に入ることはなかった。 もちろん、店の前で立ち止まることもしなかった。 その店は在って無い様なものだったんだ。 ルイを忘れる努力をする僕にとって、その店も大井田も存在してはいけないものだったから。 そう思っていた僕に、大井田からの電話。 電話を切らない自分が不思議だった。 大井田の声を聞いて、僕はなんだかホッとしていた。 「ミルクティーを飲みに来ないか?」 大井田は電話越しに穏やかな声を僕に向けていた。 僕は返事をすると電話を切った。
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