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夕暮れなんてとっくに過ぎて、街は薄暗くなっていた。
少し風に寒さを感じないでもない。
そう遠くないはずの自分の部屋が、今日に限って随分と遠く感じる。
「心をください。」
ルイが大井田に言ったという言葉が、グルグルと繰り返されていた。
時折、足元がふらつくほど僕の頭はそれだけを見つめ、繰り返している。
どんな考えが、ルイにそんなことを言わせたんだろう。
心があれば僕の側にいられる?
心なんかなくたって、僕はずっとルイと一緒にいたかった。
心なんかなくたって、ルイは十分に人間らしかったし、僕を一番に思っていてくれたじゃないか。
あんなに表情を持って、あんなに言葉を持って………
たとえ、それが組み込まれた膨大なデータによるものでもよかった。
どんなもんで構成されていたとしても、そんなことどうでもいいと本気で思っていたんだ。
温度のない体だって、それだっていいと思ってた。
性別がなくなってよかった。
心なんて、これっぽちの必要性も感じなかった。
ただ、ルイがいてくれたらそれだけでいい。
気付くと僕は部屋ではなく、近所の土手にいた。
ルイと桜を見た場所だ。
桜は咲いていなかったけど、僕は2人で並んで座った辺りに1人で座った。
桜の木は青々とした葉を揺らしている。
「ルイ………」
虚しく風に乗った名前を、もう一度だけ口の中で呼んだ。
あの日のように寄り添う体も、返事をする声もない。
虚無感が僕を包み、僕はそれを振り切れないまま部屋へとまた歩き出した。
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