第6章 後悔に染まる胸。

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私はしがないおもちゃ屋だ。 定年前に退職して始めたおもちゃ屋は、全くの趣味みたいなものだ。 このご時勢、玩具なんてものはそう簡単には売れないわけだが、それはそれで構わなかった。 妻もそれを理解して付いて来てくれている。 おもちゃ屋は私の夢だったし、もうひとつの夢を追うための場所でもあった。 そのことを妻は知らないはずだ。 いや、妻だけじゃなく私以外の誰も知らないはずだ。 私は昔から鉄腕アトムに憧れていたのだ。 あんな人型のロボットが、自分達と生活を共にするようになるのだと想像するだけでワクワクしたものだ。 そして、それはただの憧れから、いつしか自分の手で作り出したいという夢に変わっていた。 この手で人型のアンドロイドを作りたい。 私は密かにアンドロイドの制作を始めたのだ。 仕事を辞める前から、少しずつ資料を集め材料を集めていた。 それらを使い、独自に研究をしながら誰にも気付かれないようにコッソリと。 焦る気持ちなんてなかった。 誰に必要とされたものでもなかったし、自分が目指すようなものが出来たところで、それを世に出すつもりもなかったのだ。 私と妻の間には子どもがなかった。 そんなことなど私にとっては何も問題が無いことだったが、妻にとってはとても心苦しいことだったようだ。 若い頃、そのことで涙を流す妻を何度慰めたかわからない。 「私にとって、お前が笑っていてくれることだけが幸せなんだ。」 その言葉の一字一句に嘘は1つもなかった。 今だってその気持ちに変化は無い。 だが、老いは確実に私達を弱らせ不安を静かに募らせていく。 私は妻の為にアンドロイドを作っていた。 出来なくて当然。 でも、もしできたなら妻を驚かせてやろうと思っていた。 家事一切を任せられるアンドロイドなら、妻だって喜んでくれるだろうと。
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