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一瞬の隙。
硬直する身体。
ポケットから手を抜き出すよりも早く、彼が動くのが見え――
「……え?」
思わず、声が出た。
久しぶりに発した“音”は、か弱い、かすれたものだった。
首筋に、手を当ててみる。
暖かい。しかしその“生暖かさ”は手を離しても感じられ――
私の目には、赤が映った。
「綺麗だよね」
彼が言う。
「わかる気がするよ。こんなに綺麗な色、他にないものね」
「……あんた、何を」
「綺麗な声じゃん。そんな綺麗な声を発する君の大切な部分を、これ以上傷付けるのは気が引けるなあ」
彼の持つナイフの切っ先から、紅が水溜まりに落ちる。
「だからこうしたほうがいいかな」
強い、衝撃。
予測は出来ても、避けられない。不自然なくらい自然に。
足にはい上がる蟻を払い落とすかのように。
私の意識は、そんなことを考えながら、考えることを止めた。
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