遺影

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 アップにした髪の、わずかばかりのほつれ毛 が微かな風に誘われて、去り行く車に向かってなびいている。それはまるで『逝かないで』と、手を伸ばしている様だ。  そのほつれ毛の揺らめきは、心の奥底に仕舞い込んだ小久保 奈美枝の秘めた想いを、代弁するかの様だった。  村田を乗せた霊柩車の姿が見えなくなるまで、奈美枝は葬儀所の玄関先に立って、数珠を握り締めていた。  夫は通夜には出席したものの今日の葬儀は仕事があるからと、列席しなかった。奈美枝は内心、それで良かったと思っている。  夫婦揃って通夜へは出席したし、こうして奈美枝が葬儀にも列席をした。店子の立場としたなら、大家への義理立ては果たせた筈だ。
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