二章 死地へ赴く

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進言することにした村井貞勝は言う。 「信忠さ…」 「申し上げますッ」 貞勝の言葉は別の誰かによって見事に遮られた。 「源三郎、どうであった?」 織田信忠が先程の声の主に話を促す。 「はッ、本能寺裏側の陣にやや隙があると見受けました」 どうやら物見に出ていたようである。 織田源三郎信房は信忠の異母弟で、信忠の与力として功をあげてきた。この日は信忠とは別の宿で就寝していたが、光秀謀反の知らせを受け、信忠に合流していた。 「うむ、ご苦労であった」 信忠は弟を労った。 「(今度こそ…)」 貞勝はもう一度進言しようとした。 「信た…」 「申し上げますッ。明智軍、ついに攻めかかってございますッ」 別の物見からの報告がもたらされた。 「……ご苦労」 信忠は後ろを振り返った。すでに妙覚寺の兵は全て整っており、また、分宿していた信忠の旗本隊も集結し、総勢は一気に二〇〇〇を超えた。 「我等はこれより本能寺へ突入するッ。皆の者、決して立ち止まってはならぬ。足を止めればそこがすなわち墓場となる。ただ前のみを目指し、怒り狂う獅子の如く直進せよッ。しかるのちに父上を救出し、速やかに脱出をはかる。織田家の命運は我等にかかっておるのじゃッ。ではッ、わしの後について来よッ!!」 織田信忠は号令をかけると、自ら先頭を切って馬を走らせた。
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