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本能寺の一室、男は布団の上で足を組み、瞑想するかのように目をつむっていた。寝間着姿の男だが、その上からでも隆々とした筋肉を見てとれる。細く、しなやかで、強靭な肉体。鋼と呼ぶにふさわしい。
何も聞こえず、何も見えない。闇のみが支配している空間。それを破ったのは廊下を駆ける足音だった。足音は部屋の前で止まった。
「上様ッ!」
障子一枚隔てて足音の主は言った。
「蘭か。いかがした?」
どうやら足音の主は森蘭丸らしい。蘭丸は部屋の主が起きていたことに少し驚いたが続けた。
「謀反にござりますッ!」
部屋の主はまったく驚く様子なしに答えた。
「ほぅ……して?」
「すでにこの寺は包囲されておりまするが、まだ囲いは薄いものと存じあげます。ただいま弟らが皆を起こすため走っておりますれば、我等上様の矢となり盾となり、京よりお逃がししてご覧にいれまするッ」
蘭丸は力強く言った。
「心強いことじゃ…」
主の声は、主がむしろこの非常事態を楽しんでいるかのように感じさせる。
「旗印を確認したのであろう? 申してみよ」
蘭丸は一度深く深呼吸をして答えた。
「…桔梗ッ!!」
「……そうか…桔梗か…。フフ…フハハハハハ…」
本能寺は深い闇に包まれた。
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