一章 開演

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信長の首ただ一つを求めて明智軍が殺到する。 「是非もなし…」 信長が呟いた。 「上様ッ、お逃げくださいませッ。攻めかかればどうしても包囲が薄くなりまする。夜が明けぬ内に、お早くッ!」 蘭丸は信長に要請した。だが、信長は聞こうとしない。 「弓をもて」 「上様ッ…」 「弓をもて」 信長の命令は絶対である。蘭丸は、いつの間にやら横に置いてあった弓と矢を渋々信長に渡した。 「…下朗」 そう言って放った信長の矢は、先頭をきって向かってくる足軽の顔面に見事命中した。しかし、一人倒したところでほとんど意味をなさない。 信長は敵に背を向けて走り出した。ただし、逃げるためではない。場所を移動するだけである。真正面から蘭丸と二人で敵とあたっていてはすぐにやられる。 廊下の角にさしかかったところで、反対側から一人の影が飛び出してきた。信長の後ろをついて走っていた蘭丸であるが、その影を見るやいなや信長の脇を抜け、影の喉めがけて刀を突き出した。 「…ッ!?」 影の主は突然の出来事に声すら出せない。 「…坊丸」 蘭丸は安堵の溜め息混じりで刀をおろした。影の主が、蘭丸の弟、森坊丸であるとわかったからだ。もし影が敵であったならば、前後から挟み撃ちされていたことになる。 我にかえった坊丸は信長に言う。 「上様ッ。お味方奮戦しておりますが、兵力が違いすぎまする。裏手に少し備えの薄い箇所がごりざりますれば、生き残っている者皆で突撃いたしますゆえ、その混乱に乗じてお逃げくださりませッ」 信長としてもこんなところで死ぬわけにはいかない。まだ生きてすべきことが残っている。 「坊、案内いたせ」 信長は逃げることを承知した。 信長が最初戦うつもりであったのは、決して逃げられないと考えていたからである。 避けられぬ戦ならばどんな強敵とも戦うが、回避できるならば大きな危険を背負ってまで戦をしないのが信長である。 包囲の薄い箇所があり、脱出できるかもしれない。光秀が直前まで謀反を迷い、家臣たちにも知らせてなかったことが仇となり、兵の末端まで指示が届かなかったのだ。 「なれば蘭、我が背中、うぬに預けた」 「はッ」 三人は包囲を突破すべく、霞がかる庭の向こうへと消えていった。
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