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しまった、と思う間もなく彼女は立ち上がってしまう。 高志が話し掛ける。 「もう行くんだ?」 彼女は少し不機嫌そうな顔をした後ゆっくりと言葉を紡いだ。 「授業中」 そして彼女は去っていった。 なんとなく、僕はどうしたらいいのかわからなかった。 彼女の汗の混じった甘ったるくていい匂いも汗をかいて少し光ってた綺麗な黒髪も彼女が想像以上に可愛いらしい顔をしていたことも彼女の小さくて紅い唇も初めて聴いた芯の通った心地よい声も真っ黒な丸い瞳も髪の毛から覘く形の良い柔らかそうな耳も上気して赤くなっていた頬もうっすらと首筋にかいていたじっとりとした汗も少し息切れしていて息が荒かったことも。 そんなことは全部、彼女の顔がこちらを間近で見たことに対する焦りと緊張で吹き飛んでしまっていた。 僕は無言で顔を伏せたままだった。 「良かったの、話し掛けるチャンスだったのに」 傍らの、昔と比べてデブった友人が言った。 「…………なんで」 僕が。 「気になってたんじゃないの、久遠さんのこと」 そんなことは一言も言っていない。 ……少しは、想いはしたけど。 何も言わない僕を見て、高志がため息をついた。 「まあ、君がそれでいいならそれでいいけど」 それでいい。 僕が? 高志を見る。 高志はじっとこちらを見ていた。 目をそらす。 僕は? それでいいのか? 何が? 彼女のこと。 なんで? 僕は顔を体育館に向け、授業中と言って試合に戻った彼女を見た。 美しくて、綺麗だった。 心なしか、僕の心臓が高鳴っている気がした。 そんなことは、有り得ないのに。
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