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「お頭……おれ、貴方を許せません」
やがて真摯な声が静かに響いた。
「貴方を慕ってきたおれらを道連れの手駒だと言い、そして簡単に切り捨てた。酷い裏切りだ。そうでしょう、お頭」
同意を求めるような言葉でありながら、その声音は答えなど欲していなかった。
「それでもおれらは、誰一人としてお頭に剣を向けなかった。なんでなのか、鈍いお頭にわかりますかね?」
船内から出てきた乗組員が海賊船の存在を認め、召集の号令を発する。背後でばたばたと走り回る足音も、飛び交う言葉も何一つ、シャードには聞こえていないようだった。
彼の全ての神経は今、自身の部下だった者たちへと向けられている。
「おれらはお頭の決定に従ったんすよ。貴方に捨てられても……それでもおれらのお頭は貴方ただ一人だから……だから従ったんすよ!」
声が微かに揺れる。鼻が詰まったようなそれは、涙声。
「おれらは海賊になりたくて影団に入ったんじゃない。お頭……貴方と共に生きたかったから! おれらはお頭が海賊でもそうじゃなくても何者だって構わねぇんです! だから。だからどうか……」
肉眼でも充分に確認出来るようになったその顔は涙に濡れ、くしゃくしゃに歪められていた。そして彼は体を半分に折り、悲痛にさえ聞こえる嘆願を渾身の大声で。
「だからどうか、おれらを捨てねぇでください!」
声に力が宿るならば、その精一杯の想いは誰かの身を引き裂いたかもしれない。そう思えるほどに命の篭った声だった。
シャードの見開いたままの目から、はらはらと涙が零れ落ちる。
「捨てんでください!」
「どうか、オレ達を……!」
「俺らにはお頭しか居ないんです!」
次々と頭を下げた団員達は何度も何度も繰り返す。孤独の中で死を待ち続けた一人の男に伝わるまで、何度も何度も。
「シャード。向こう、ああ言ってるけど? どうする?」
微動だにせず涙を流すシャードに声を掛けると、彼はようやくこの場に他の人間が居たことを思い出したかのように視線を向けた。困惑を浮かべたままの緩慢な仕種で。
「……私は……」
揺らぐ、彼の心。ぐらぐらと揺れる内にそれは振り子のようにどんどん振り幅を増して、そして。
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