第五章

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 「だから、もういいんだよ」  その言葉に唇が震えた。  「知らぬ、くせに……」  少女の腕を掴む。引き離さなければと心が思う。  望んできたのは赦されることではない。  望んできたのは己の不幸とこの世界からの開放。  その、筈だというのに。  “もう、いいよ”  この一言にみっともないほど揺さぶられてしまった。  最も聞きたくなくて、最も欲していた言葉だと思い知らされる。  「ようやく……開放の鍵と出逢えたというのに」  この命に引導を渡してくれる強い存在に、ようやく出逢えたというのに。  掴む手の爪が少女の柔肌に食い込んだ。それはすぐさま赤い線を残していく。少女は俄かに身を強張らせたが、その痛みから逃げることはしなかった。  「何故、殺してくれぬのだ……」  自身で死を選べないが故に他者にこの命を委ねた。殺してくれる存在をずっと探し求めてきた。  「私は……恨まれて、殺されなければならないというのに」  罪を犯しておきながら、安穏とした生活を享受するなど許されない。  恨まれ憎まれ責められてこの世を去るべき人種なのだ。  ――そうでなければ、私は私を許せない。  幸せになど、なって良いわけがないのだ。  「……言ったでしょ?」  少女はくすくすと喉を鳴らした。心地好い鳥の囀(サエズ)りのように軽やかな音色。  「もう誰も、死なせない」  その『誰も』に自身も含まれていることに目を開く。幾多の命を踏みつけて生きてきた身さえも、一つの命として扱ってくれることに心臓がきゅう、と痛んだ。  毎夜感じてきた痛みとは似て非なる其れ。  「生きることから、逃げないで。選んで」  生きる資格を持たぬ者に全てを背負って生きろと言う。それは何よりも酷い仕打ちで何よりも酷い復讐。  「飽く迄も生きろと、そう言うのか……」  「うん。生きて。新しい自分を」  それはもう、人を殺めなくともよいということか。己の課した罰から抜け出して、不釣合いな光に苛(サイナ)まれながらも、生きろ、と。  「……それが、罰だというならば……」  「そうじゃない。罰じゃない。誰もあんたに罰は課さない。だから自分で決めるの。これからの生き方全部。……あなたが、責任を負うの」  罰以上に重いことを事も無げに少女は口にした。
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