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何がなんだか、わけがわからなかった。
意識を取り戻し、他の団員を引き連れて急いで船に戻ったランガードを待っていたものはこれまで感じたことがないほどの穏やかな空気だった。
ランガードは状況が把握出来ずに目を点にしてその光景をしばし見つめた。
人質になっていた筈の剣士の背中の傷を手当てしているのが、我らが頭領であり死神と恐れられる男だったのだから尚更だ。
「お頭……これは……?」
一体ぜんたい、どういうことで?
その問いを放つ前に、真っ二つになった大鎌が目に入り、言葉を呑み込む。
それが如実に語るは頭領の敗北。
少女と共に居た青年が垣間見せた恐るべき強さを見たとき、この結末への不安を感じなかったかといえば嘘になる。
だがそれでも信じていた。【影】を率いる頭領は誰よりも強いのだということを。
紅の青年に手も足も出ないと思ったのと同様に、頭領である死神にも同じ異質さを感じていたし、だからこそ傍に居たいと願ったのだ。自分よりも一つ年下である死神に従い生きていくことを望んだのだ。
万一、頭領が負けを悟り、それでも死神が死神らしく死を運ぶ存在で居たいと望めば、勝ちの見えない最期の戦いであっても身を投じるつもりであったし、自害を望むのならばそれに殉じる覚悟だって持っていた。
この人生の終幕はそのどちらかだと信じて疑わなかった。
だというのに。
「……なんで、そんなに穏やかな顔なんか……」
何があったのか。気を失っている間に、一体何があったのか。それはわからないが、決定的な何かがあったのだ。予想だにしない、何かが。
「ランガード。皆も無事であったか」
呟きが聞こえたのか否か、頭領は剣士の背から手を離して立ち上がった。
紅の青年の膝に頭を置いていた少女が身を起こす。
敵も味方も誰一人として死んでいない。それは常の戦いから見れば異常だった。頭領が団員に気遣うような声をかけることも、また然り。
「大切な話があるのだ。時間は取らせぬ」
穏やかに話す死神に感じた強烈な違和感が拭いきれず、ランガードは思わず目を逸らした。
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