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このとき、既に嫌な予感はしていたのだ。
だが頭領の言葉を無視することは出来なかった。ランガードにとって頭領の言葉は絶対だったのだから。
――団員の手当てを済ませたあと甲板の上には全ての団員と、それに向かい合う形で死神が立っていた。
死神を敗北へと追いやった三人組が遠巻きにそれを見守る。
その三人組をランガードは面白くない心持ちで見遣った。
海賊にとって、船とは家である。
その神聖な家に土足で踏み入り我が物顔で居座る存在が面白いわけがない。――まあ、一度叩きのめされているという理由もそこには加算されるているわけだが。
「お頭。話ってぇのは、いったいなんです?」
前に立ったまま一向に口を開こうとしない頭領をランガードは促した。
どうせ良い話ではないのだろうと薄々感じていたランガードとしては聞きたくなかったが、それでも闇市への準備が未だ残ったままであることを考えると、このまま時間を浪費するのは避けたかった。
死神としての象徴でもある長い黒髪を風に揺らし、頭領は視線を上げた。
そして、絶対に聞くことがないと思っていた一言を、この後、頭領は口にする。
「海賊団、影の解散を此処に宣言する」
その言葉をランガードは信じられない面持ちで聞いた。脳内は既に錯乱していた。
周囲の仲間達も、何を言われたか理解出来ずに顔を見合わせている。そして結局、助けを求めるような目で頭領へと視線を戻す。
「……私はもうずっと以前から死にたかったのだ」
全ての船員が固唾を呑んで見守る中、頭領は静かに口を開いた。
「家族を殺したあの夜。私は全てを失った」
未来も感情も、己の価値さえも。と自嘲的に笑うその顔に、かつての残忍さなどまるで無かった。
これは誰だ、とランガードは思う。
あの強い我等が頭領は何処に消えた。
遠い目で過去を見る頭領は、今まで一度たりとも見せたことのない顔をしていたのだ。
苦しみと切なさを内包しながらも清々しい。――誰だ、この男は。
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