第五章

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 孤児が集められる施設を若くして飛び出し喧嘩ばかりに明け暮れていた頃、この世界に怖いものなど何一つ無いと思っていた。  ――この人を見るまでは。  シャードに喧嘩を吹っ掛けたとき、彼の体はまだランガード自身よりも小さかった。後に聞いた話では、そのときシャードは十六歳だったという。  色白で華奢だったシャードはまるで女の子のようで。  だが、彼は強かった。あっと言う間もなく一撃で地面に沈められ、そしてその目を見たときに凍りついた。  何処までも深い闇を映す漆黒の双眸に恐怖を覚え、震えることしか出来ず。  殺される、と思った。  だがそんなランガードに彼は言った。  「そばかすが、あるな」  そして薄く微笑んだかと思うとそのまま身を翻したのである。  彼に柔らかい声を向けられたのはこれが最初で最後。  何のことだかわからなかったが、ランガードは命拾いをした。  そしてこの瞬間、ランガードは彼と共に居ることを選んでいた。  強い者に惹かれるのは、雛の刷り込み現象同様に自然なことであった。  「さあ、行くがよい。お前達はお前達の道を行け」  道を違えたシャードは半身だけ振り返り、言い放った。  「お頭……」  ついていく親鳥を失うなど、考えたこともなかった。  それほどに死神としてのシャードは圧倒的に強く、揺らがない存在だったのだ。  だからこそ、変化してしまった男に感じるのは絶望と憤り。  ランガードは立ち上がり、船内へと足を進めた。  シャードと目は合わせない。  出会ってから初めて、彼が自身の一挙手一投足を見ているというのに。  シャードの横を摺り抜けた。  そのまま二歩進み、立ち止まる。  振り向かない。裏切り者の顔など二度と見たくない。  「……見損ないましたよ。お頭となら夢が見れると――何処までも駆けて行けると、そう思っていたのに」  惚れ込み、命を捧げると誓った。その誓いは今、相手によって反故(ホゴ)にされた。  船を捨て、鎌を捨てた男に用は無い。  「消えちまってよ、負け犬」  そう言うことしか出来なかった。  そしてそれが、頭領の決定に従うと誓って生きてきたランガードが己の誓いを貫いた結果でも、あったのだ……――。
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