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【終章】
此度の闇市は噂通りいつにも増して賑やかだった。
大きな九本の柱によって支えられているトルーアの地下でシャードは一人、真夜中であるにも関わらずこれでもかと溢れる活気の中に居た。
本来ならばこの場に影団皆で居る筈だったのだと微かな感傷が胸を痛ませる。
色とりどりの茣蓙(ゴザ)の上に並べられた様々な商品を見ながら、シャードは目的の場所へと辿り着いた。
「おう、影団の旦那じゃねぇですか。景気はどうだい?」
闇市においては珍しく買取りを専門にしている男だ。
「……大暴落だ」
シャードは短くそう答え、黒瑪瑙の耳飾り、金の台座に黒曜石が埋まった指輪、連なる金の腕輪や足輪。身につけていた殆どの装飾品を外し、その店主へと手渡した。
「買い取ってもらいたい。銀、三枚でどうだ」
「馬鹿言っちゃ困るねぇ旦那。銀貨一枚。旦那といえどそれ以上は出せませんぜ」
銀貨一枚。それは、旅立ちの準備の資金にするには余りに少ない。
シャードは唯一残した装飾品、大きな蒼い宝石がついた首飾りに目を落とした。
それは遥か昔、どれだけ生活が苦しくとも父が手放すことを良しとしなかった家宝だった。曾祖父の代で誰かから譲り受けたものだとか。
父が死んでからは姉が持っていたのだが、その姉の命潰えたときからそれはシャードの首にかかるようになった。家宝だから、ではない。罪深い想いと知りながら、それでも首を縛る未練の象徴として。
シャードはその首飾りをそっと外した。
「……では、これで幾らになる」
「へぇ、こりゃ随分と繊細な細工だな。王室への献上品にも引けを取らねぇ」
静かに手渡すと、店主は稀に見る極上品に舌なめずりをして近くにあった蝋燭を引き寄せた。
「……おっと、石に皹(ヒビ)が入ってるな。なんだこりゃ、傷らしい傷は無ぇってのに……」
ぶつぶつと言いながら店主は首飾りを透かしてみたりルーペで念入りに検分したあと、徐(オモムロ)に金貨を一枚取ってシャードに押し付けた。
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