終章

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 その足の影ではエナがラフと呼んだ真っ白な毛並みの小さな生き物がジストの靴に対して思いっきり威嚇している。  彼が突いたり蹴飛ばしたりを繰り返していたからだ。  耳と尾の長い毛をふわふわと揺らすその生き物はエナの旅の相棒だ。  「だってさぁ、まさかエナちゃんの相棒がこんなんだなんて」  ジストはラフの首根っこを掴んで持ち上げた。  「ジストさんてば嫉妬して損しちゃったな」  「そんな持ち方すんなっ! 猫じゃないんだから!」  確かにその外見は猫には見えない。何の種類だかわからないが、その姿はどうみても犬――のように見える。  その小さな生き物をジストの手から奪い取り、エナは再びソファーに腰を下ろした。  三日前のシャードの引退表明のあと、彼らはふらふらしていたエナを宿屋まで送り届けた。一人で切り盛りする小さな宿屋の女将がエナを出迎え、昨夜は帰って来なかったから心配したのだとか、昨日はあんたの好きなポトフを作っていたのにだとか、ラファエルだってずっと待っていたみたいだよ等、次から次へと繰り出される弾丸トークをエナが苦笑しながら聞き流していたとき、ジストはラファエルいう名を聞いて大いに憤慨したのだった。「ジストさんというものがありながら、エナちゃんってば二股!?」とかなんとか。  本気なのか冗談か、「そんな不埒者、追い出してやる!」と息巻いてずかずかと部屋に侵入したジストは、エナと勘違いして飛びついてきた生き物を見るや否や自身の勘違いを知った。  ひっ捕まえて「これが、ラファエル?」と問うジストにエナは笑顔で「うん」と答えた。  「なんでェ、犬かよ」とジストに捕まったラファエルを覗き込むゼルの目の前で、その白い生き物は、実に可愛らしい声で――「にゃあ」と鳴いたのである。  このとき、ジストは思わずラファエルから手を離し、ゼルに至っては軽く三歩は引いて、部屋の扉に背中を強かに打ちつけた。  最初の印象が良くなかったのか、これ以降ラファエルはジストを敵として認識しており、ジストも「犬とはいえ、一応オスだもんね」と張り合っているのである。
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