155人が本棚に入れています
本棚に追加
「あたしの中の優先順位。あたしはそれに従ってるだけ。無理してるんじゃ、ないよ」
トロルに戻ったときのゼルが受ける心の痛みを見届けると決めたのだ。首を突っ込んでしまった以上、最後まで見届ける義務が自分にはある。
過ぎ去った過去を悔やむような時間は無いし、未来ばかりに想いを馳せられるほど子どもでもいられない。大人というにもまだまだ未熟であるからこそ、足元を掬われないように今という瞬間を踏みしめる。
それがエナに出来る精一杯であり、それこそがエナの選択した道。選んだ道が回り道になることなど決して無いのだと信じて歩んでいくだけだ。それが生きるということで。誰のせいにもせず心のままに生きること。それが、【活きる】ということ。
「今すべきことは追うことじゃない。さ、行こう。きっと、シャードが待ってる」
銀の器に入ったお菓子をいくつか手に掴んで、エナは立ち上がった。
未だ気遣わしげな視線を向けるゼルも口元に笑みを刷くジストも、エナに倣って席を立つ。
「あ、ねえ、今何時?」
屋敷の主人の見送りを辞退し玄関に出たエナは肩に乗ったラファエルとじゃれながら、ふとジストに問う。
内ポケットから懐中時計を取り出したジストはほんの少し言い澱(ヨド)んだ。
「んー……十時……ちょっと過ぎ?」
「げっ!」
正午に港町に着くには今頃馬車に乗っていなければならない時間だ。
エナはゼルに役に立たなくなってしまった金が入った袋とエナ自身の荷物を押し付けた。
「走ろっ!」
「おいっ! これオマエの荷物……ああくそっ! 置いてくなっ!」
馬車乗り場を目指し、三人と一匹は一目散に駆け出した。
最初のコメントを投稿しよう!