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エナは自分の肩に置かれた手を見て、振り返った。が、直ぐにまた視線を掲示板へと戻し手を振り払った後、斜めに掛けた革製の鞄から紙を取り出す。
たった一瞬でもわかる。
今、背後に居る男のことなど、エナは一度も見たことがなかった。
ではこれは所謂ナンパというものなのだろう、とエナは瞬時に見当付けた。
「なになに? 掲示板に用があるの? 何かの依頼だったら僕がやったげようか?」
「消えろ。鬱陶しい」
一瞥することもなく、短く告げる。
こんな調子で声をかけてきた男たちが一体何人いたことか。何を相手が望んでいるのかは知らないが、真面目に相手をしていたらこの手の人種は付け上がる一方なのだ。
そんな時エナはいつもこう言った。
大概は顔色を変え文句を吐かれるが、それで付き纏われないなら万々歳だ。困ってもいないのにアレやコレやと話しかけられても邪魔は邪魔なのだから、相手のプライドを傷つけたからといって怒られる筋合いなどないと思っているエナである。
だが、この男は今までと勝手が違った。
「へえ、面白いね、キミ」
心底そう思っているのだろう。
感嘆の声が耳を打つ。
エナはペンを取り出しながら、その男の反応に眉を顰めた。
それでも無視を決め込み、板に押し当てた紙にペンを走らせる。
文字が紙一杯に広がる。
「L……H……? 明日、昼十一時にこの場所で……? 何コレ、彼氏との待ち合わせとか? でもなんでわざわざ掲示板なんか……あっ! 喧嘩中? 駄目だよ、そんな男。別れちゃいなって」
肩越しに覗く男は読み上げた後、勝手な解釈で喋り出す。
仏頂面で最後に名前を書いた時、後ろから伸びてきた手がひょいと紙を取り上げた。
「あっ」
紙を追って振り返ったエナはその時改めて悪質且つ強引なナンパ男の容姿というものを見た。
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