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エナは必死に心を穏やかにするように努めた。
だが、絶世の美青年がついてくるものだから、自然と周囲を行き交う人の視線と黄色い声が集まり、それがまたエナを憤然たる面持ちにさせる。
ただでさえエナ自身も目立つ容姿をしているというのに、この男が後ろを歩いているとその相乗効果は計り知れない。
普段向けられない類の視線は居心地が悪いなんてものではない。エナに集まる視線の大概は奇異の視線だ。物珍しいものに対して向けられる類のものだった。
それが今は、イイ男の誘いを無視し続ける分をわきまえていない勘違い女、という眼差しだ。全く、冗談ではない。とエナは思う。
「運命とか一目惚れって信じる方? やー、僕はそんなの信じてなかったんだけど、人生、何があるかわかんないよねー。あ、いきなりこんなの言われても信じられないよね、疑っちゃうよねー。それならじゃあまず、誠意を伝えることから始めなくちゃだな。よし、ジストさんは頑張るぞ」
一体どんな頭の構造をしているのだろうか、この男は。
競歩かと思える程の速さで歩く――逃げるというべきか――エナが、拒絶を顕わにしているのは端から見たってわかるだろうに、自らをジストと呼んだこの男は脳味噌に蛆(ウジ)でも湧いているのか春爛漫な思考回路を披露してくれる。
「もう少し歩いたところに喫茶店があるから、そこで二人の将来について語り合おう! 結婚式は盛大にしようね。エナちゃんの艶姿、皆に自慢しないとね。子どもは何人欲しい? 男は要らないなー。女の子がいい。あ、でもジストさんとエナちゃんの子どもだったら絶対可愛いから、心配しちゃうな、どうしよう?」
一体何の心配をしているのか。途方もなく飛躍した話にエナの堪忍袋の緒が痙攣を始める。
ただでさえ、先ほど資産家の家での交渉が決裂し大問題が浮上したばかりなのだ。普段から細い堪忍袋の緒は現在、在って無いようなものだった。
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