第一章

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 「エナちゃんてばそんなに早く歩いちゃって。よっぽど話がしたいんだね、ジストさん、感激だなぁ。でも大丈夫だよ、ジストさんはもうエナちゃんのモノだからね」  耐えた。  エナにしてはよく耐えた方である。  けれど、堪忍袋の緒は遂に大きな音を立てて切れてしまった。  エナは急に立ち止まり、握り拳を作って振り向いた。  そして、冒頭の言葉。  「うるっっっさいっつーの!!」  長閑な昼間の風景を揺り動かすエナの怒声。  だが、その直後、エナの顔は凍りついた。  其れも其のはず。  激昂したエナを前に、男はさも嬉しそうに笑ったのである。  「図星だからって怒鳴るなんて、ホント可愛いなあ」  がっくりと肩の力が抜けたところで、誰がエナを責められよう。  憤怒の形相を見てもここまで自分勝手な解釈ができるものなのか。怒る気さえ失う程に的外れなことを言い続けた男の粘り勝ちだった。  溜め息を、一つ。  「あー、もう、わかった! あたしの負け! コレでいい!?」  それは呆れや諦めよりも、癇癪に近かった。  男はその言葉ににっこりと笑う。  「じゃ、ゆっくりお話してくれるんだ?」  エナは数瞬考えた。  ここまでしつこい男から逃げ切るのは不可能に近いだろう。かといって、また競歩をするのは避けたい。しかし、これ以上時間を割いてまで話の相手などしたくない。余計懐かれても困るし、図々しくなられるのも迷惑だ。  ――よし!  一つの閃きのもと、エナは顔を輝かせた男に人差し指を突きつけた。  突然のことに男は身動(ミジロ)ぐことも出来ず、何秒かたったあとに目を真ん中に寄せてその指を見た。
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