黒い匣『とある男性の独白』

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 少女を家に連れて帰って来てから三日。  私が仕事から戻ってくると、診療所で気絶してからずっとベッドに寝たきりだった少女が突然起き上がり、自分から食事をねだって来た。  しかし、そのねだり方も指を咥え涎を垂らしながらで、まるで赤子が母乳を求める様な仕草だった。  口調も覚束なくて何を言っているのか分からず、最初私は手洗い場を聞いているのかと思ったくらいだ。  これまでは全て垂れ流しで、母親が赤子にそうするように私が世話していたが、意識がはっきりしたから便意を自分で処理したくなったのだと判じた。しかし、実はそうではなかった。何事かをしきりに捲くし立てながら、私の手を引いて台所を指したのだ。  促されるまま私がキッチンに立つと、指を銜えたまま何かの単語を繰り返し喋った。その度に涎が数滴床に垂れた。  舌が回っていないので上手く聞き取れず、はっきりとは分からないが……聞き様によっては『ご、は、ん』と取れなくも無い。  ……つまりそれは『お腹が空いたから食事を作ってくれ』という意思表示だったのだ。ここに来て私は、少女の精神が完全に退行している事に気付かされた。  私は、そんな少女の姿を見るのは心苦しかったが――しかし、いつまでも栄養剤だけでは経費も嵩むので、普通の食事を与える事にした。
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